《コラム2-1》 アジア通貨・金融危機と短期資本移動
(短期資本移動への規制に関する議論)
今回の危機の直接の引き金となった短期資本流入について,発展途上国の経済発展の観点から様々な議論が展開されるようになっている。ここで問題になるのは,短期資本が有する流動的な性格であり,東アジア諸国でみられたように,経済的ファンダメンタルズといった合理的な判断よりはむしろ投資家の思惑一や予測といった要素に左右されることが,発展途上国の金融市場の不安定化,ひいては経済全体に悪影響を与えるのではないかとの議論が展開されている。
この点についで,早くからアメリカの経済学者ジェームス・トービンは為替などの投機抑制のために短期的な国際金融取引について全世界的規模で低率の課税を行うという「トービン・タックス」を提唱している。しかし,このような全世界的規模の課税を行うのは技術的に困難ではないかとの有力な反論も提示されている。
さらに,民間資本流入と経済発展の在り方について関連づけた議論がアジア通貨・金融危機以降展開されている。
まず,資本移動の流れの変化がもたらす不安定化要因に対応するために,金融システムの強化を図りつつ,基本的な資本市場自由化の流れは今後も維持すべきとする見解がある。例えば,アメリカのサマーズ財務副長官は,発展途上国への世界的な資金流入は,技術進歩や産業構造の高度化を促進することで,これら諸国の成長に寄与してきており,資本市場の力強い発展は力強い成長につながるとしたうえで,現下の課題は,世界の資本市場が,経済にとってチャンスを提供する場として一層その効率を高めるとともに,世界的な資本の動きが不安定さを引き起こすという可能性をできる限り減らしてゆくことだとしている。このためには,監視・監督の体制作りや,各金融機関におけるリスク評価・管理の強化,破産法などの法体系整備を必要としている。
世界銀行チーフ・エコノミストのジョセフ・スティグリッツも,今回の危機の教訓として,金融のグローバル化が進むなかでは透明性が高く,堅実で,適切な規制による金融システムの必要性がますます明確になったとしている。しかし,スティグリッツは,資本移動の流れが発展途上国などの経済成長にもたらす悪影響を重視し,選択的な資本市場自由化を考慮すべきとする議論を展開している。スティグリッツは,発展途上国における資本市場の自由化については,完全な資本市場自由化が投資や経済成長に貢献するという根拠は薄く,短期資本が流動的な資金であることはたびたび指摘されており,むしろ,短期資本流入が増えれば,経済がますます不安定になって成長に悪影響を与える可能性があるとしている。特に,短期の資本流入が不動産投機の� �うな収益の確実性が疑わしいセクターに振り向けられた時にはなおさら問題が大きい。このため,情勢の変化により変動が大きい短期資本流入を抑制し,直接投資のような長期資本流入を促進するような政策が必要であるとしている。このため,まず直接投資に対する規制緩和を進めるとともに,短期資本の流入抑制のためには,例えば,金融機関に対してリスク管理を強化させることで,安直な短期資本借入による貸出の増加を防止するなどの政策が考えられるとしている。
(実際の短期資本流入規制策)
発展途上国等において実際に行われている政策をみると,その代表例として,南米のチリでは外貨建て対外借入れ,預金や有価証券,動産,不動産などの投資,その他財・サービスの生産と無関係な金融投機を目的とする出資金といった形態でチリに持ち込まれた資金に対して,その資金の一定割合をドル建てで1年間中央銀行に無利子で強制預託させるなどの手段で,短期資本流入をコスト高なものにして投機的資本の流入を押さえている(ENCAJE制度)が゛ある(ただし現在は実質上運用を停止)。このような資本流入への制限はあるものの,チリは直接投資などの長期資本に対しては門戸を開けており,流入する資本の構成は安定したものとなっでいる。90年から96年にかけて,チノの長期債務は約57億ドル増加しているが,短期債務は約36億ドルの増加となって いる。
このような短期資本の流入規制は突発的な危機の発生を防止する上では有効と考えられる。しかし,企業が調達する資本の期間構造を人為的に規制するには,それなりのコストが必要である。また,資本流入を強化すれば,このような規制を嫌って,外国人投資家による資本引上げの加速や国内投資家による資本逃避が発生したりする可能性がある。このような事態になれば,直接投資などの長期資本流入についても悪影響を与える可能性もある。また,規制に対して,いわゆる抜け穴探しが横行すれば,規制が更に強化・複雑化され,一層そのコストは高まることになる。このような規制のコスト以外に,単に短期資本流入を抑制すれば,資本流入の変動による自国経済の不安定化といった事態の解決につながるということではなく,アジア通貨・金融危機 の背景でも検討したように,危機をもたらす原因は,財政収支や経常収支といったマクロ経済の問題点や,民間部P旧こおける投資や融資を行う際のリスク・マネジメントの在り方といった当該国の経済システムの問題点が基層にあることに留意すべきである。資本流入の安易な規制に事態の解決を求めれば,本来着手すべきこのような問題の解決を遅らせることになりかねない。
(資本移動のグローバル化への国際的対応)
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